銭湯という日常を、もう一度つくり直す

小田急線・狛江駅。各駅停車が止まるこの駅から、南口の住宅街を抜けて歩くこと2分。最初に目に入るのは、白地に縦書きで「狛江湯」と記されたポール看板。近づくにつれ、入口にかけられた白い暖簾が風に揺れる。

建物の正面はコンクリート打ち放し。どこか無機質でありながら、完全には閉じていない。2階から上は住宅という構成も含めて、街の中にそのまま存在している。

ここは新しい施設ではない。1955年創業の銭湯をリニューアルした場所だ。ただしそのリニューアルは、単なる改装ではない。銭湯という存在そのものを、いまの時代に合わせて再設計する試みだ。
建築がつくる、銭湯とビールの関係

このプロジェクトを手がけたのは、長坂常率いるスキーマ建築計画。
銭湯はかつて、地域のインフラだった。戦後、家庭に風呂がない時代には衛生のために必要とされ、壁に描かれた富士山は希望の象徴でもあった。日々通うことで人がつながり、コミュニティの中心として機能していた。しかし現在、その役割は薄れつつある。それでもなお、この場所を残したいという意志があった。

狛江湯のリニューアルは、「黄金湯」で提示された、サウナとビールを銭湯に組み込む考え方を引き継いでいる。ただ、ここで重要なのは機能の追加ではない。銭湯という場所を、どう再構成するかという視点に立っている。

スキーマ建築の特徴は、いわゆるつくり込む建築ではなく、既存の文脈や素材、余白を活かしながら関係性を編み直すことにある。狛江という土地は、都心に近いながらも空地や緑が残る場所だ。その環境を取り込みながら、銭湯、サウナ、バーが緩やかにつながる構成になっている。
完成された箱ではなく、使われながら意味が立ち上がる空間である。
タイルに埋め込まれた「気づき」の設計

その思想がもっとも明確に現れているのがタイルだ。館内の象徴でもある、グリーンと白で描かれた富士山。その周囲を構成するタイルは、多治見で製作されたオリジナル。サイズの異なる3種類のタイルが、一見すると自然に、しかしよく見ると微妙に切り替わるように配置されている。

かつての銭湯に見られたパッチワーク的なタイル。何気なく眺めていると違和感に気づき、その瞬間に認識が切り替わる。ぼんやり見ることから気づきへと移行する体験が、そのままデザインとして再構成されている。

タイルの文脈は、館内全体に広がる。ロッカーの番号、浴室内の「水風呂」「あつ湯」「炭酸泉」「ジェット」の文字、トイレのサインに至るまで、すべて同じ思想でデザインされている。空間全体に一貫性がある。
家具と余白がつくる、もう一つの統一感

この空間の統一感は、タイルだけで成立しているわけではない。
ロッカー前のベンチや洗面台のスツールには、石巻工房のプロダクトが使われている。どれも過度な装飾はなく、素材感と構造がそのまま表に出ているものだ。削ぎ落とされたプロダクトと余白のある建築の関係によって、空間全体に過剰な主張が生まれない。
タイルが視覚的なリズムをつくり、家具がそれを受け止める。結果としてこの場所は、懐かしさを持ちながらも明確に新しい印象を与える。銭湯、サウナ、ビール。それぞれを足し算するのではなく、それらが自然に共存する状態がつくられている。
狛江湯の建築は、そのバランスの上に成立している。
サウナと水がつくる体験

サウナは約10~12名が入れる、3段構成のドライサウナ。広さも十分に確保されており、オートロウリュにより温度と湿度は安定している。座面にはヒノキ、壁には麦飯石。輻射熱によって、身体の芯まで熱が入る。

すぐ横にある水風呂は約14℃。ミネラルを含んだ天然水は非常に滑らかで、包まれるような感覚がある。深さもあり、全身をしっかりと沈められる。
内気浴スペースには6席のチェア。天井からのスポットクーラーが一人ひとりに風を送る。
派手さはないが、必要な要素はすべて揃っている。ここには整えられた体験というよりも、日常としてのサウナがある。
番台の横にある、もう一つの風景

サウナを終え、番台でビールを注文する。
入浴受付をした番台の反対側。「SIDE STAND」。そこに、4本のタップが並んでいる。浴場の入口に、自然に存在している。ここが、この施設のもう一つの核となる部分だ。

この日つながっていたのは、地元・狛江のIZUMI BREWERY(和泉ブルワリー)の4液種。
BCT Lager / Lager / 5.5%
3A Farmhouse Ale / Saison / 5.2%
Come Back / Sour Ale / 5.5%
Set Upper / English IPA / 6.0%

1杯目に選んだのは3A Farmhouse Ale。ポートランドで醸造を学んだ和泉俊介氏が手がけるこのビールは、修行先のレシピをベースにした定番。セゾンらしい軽やかさと穏やかな苦味が、サウナ後の身体に無理なく入ってくる。

続いてSet Upper。色味はしっかりしているが、飲み口は軽く、ドリンカブル。“中継ぎ”という名のビールらしく、次のビールに行きたくなるビールだ。
街の中で飲まれているビール

印象的だったのは、誰が飲んでいるかだ。サウナを何セットもこなしてきたであろう常連。昔から銭湯に通っている近所のおじいさん。多摩川でランニングやサイクリングを終えたグループ。

そして、併設されたバーでは、待ち合わせをしていた若いカップルや、近所の人たちが会話を楽しみながらビールやドリンクを手にしている。
ここでは、特別な飲み方はされていない。日常の中で、自然にビールが飲まれている。
ととのいのあとにある、もうひとつの日常

TAKAO 36 SAUNAが、サウナとビールを体験として完成させている場所だとすれば、狛江湯は、その関係をより日常の側に引き寄せている。サウナがあり、水があり、そして番台の横にビールがある。どれも特別ではないが、すべてが揃っている。
ととのいのあとに、クラフトビールを飲む。その行為は同じでも、ここではそれが特別な体験ではなく、日常の中にある風景として成立している。
この場所は、銭湯の未来というよりも、銭湯が持っていた本来の役割を別の形で取り戻しているように見えた。
【施設概要】
狛江湯(コマエユ)
住所:東京都狛江市東和泉1-12-6 長谷川ビル
アクセス:小田急線狛江駅から徒歩2分
営業時間:13:00-23:00
定休日:火曜日








